皆さん、こんにちは!
G.W.も終わってしまいましたね。
どんなに長い休みでも終わってしまうと、「あれっ、もう終わった!? この休み、何をしていたんだろう」って思う人が多いのではないでしょうか!?
その違いはどこにあるんでしょうか?
たぶん、それは目標設定の違いでしょう。
「この為に、これをしよう」と具体的に決めていた人は、休みが終わったと、何か残ったような気がすると思います。
さてさて、話は変わりまして、ここ最近、インターネットで無料動画をちょくちょく見ています。
今のお気に入りは、「トワイライト・ゾーン」というドラマです。
アメリカ版「世にも奇妙な物語」と言える内容で、1話20分程度のお手軽ストーリーですね。
話は、心霊モノ、宇宙人モノが結構多いということと、短いながらに考えさせられることが多いんです。
ひとつ印象的だった話をご紹介しましょう。
話の序盤に、ある女性と犬が夜の住宅地を散歩していたところに、スピードを出した車が突っ込んできます。
女性と犬は間一髪で車を避けることができました。
しかし、その後、自宅前にバス停がある訳でもないのに、見たことのないバスが停まるようになります。
その運転手や乗客は、無言でその女性が乗るのを待っているが如く、こちらを見ています。
しかも周りの人には、そのバスが見えないようです。
そういったことや、不思議な出来事が何回か続くうちに、彼女はハッとします。
ひょっとして、自分はあの夜に車に跳ねられて死んでいるのではないのか?と。
そして、そのバスはあの世へのお迎えに来ているのだ!と。
彼女は恋人との結婚式を間近に控え、仕事でも自分の夢だった文学の教師をしているという理想的な生活を送っていたため、どうしてもこの生活を手放したくないと恐怖におびえます。
ついに彼女は、バスの運転手に「私は乗らないわ!もう来ないで!」と叫びます。
一方、彼女の制止を振り払って、ペットの犬はバスに飛び乗ります。
しかし、彼女は乗らない。
そして、バスのドアは閉まり、バスは去っていく・・・
場面は最初の夜道に戻り、道路には車に跳ねられた彼女とそのペットが横たわっています。
救急車のライトが辺りを照らし、多くの野次馬が現場で彼女について話し合っています。
そんな中、突然ペットは生き返ります!
そう! 話のオチとしては、あのバスはあの世へのお迎えではなく、現世へ連れ戻すために来ていたバスでした。
また、現世の彼女は婚約者もいなければ、教師でもなく、ただ妄想の世界に生きているだけで、消極的な人物でした。
彼女がもっと物事に対して、人生に対して積極的であれば・・・ という人生の教訓!?でした。
ここでふと思い出したことがあります。
よく世の中で一般的に「人生は運」というような話をされますが、本当かどうか?
まあ、「本当かどうか?」というよりも、心構えとしていいか悪いかを議論すべきでしょう。
人生は河に流されるが如く、そのまま進んでいる訳ではなく、常に“選択”が伴っているそうです。
興味深いのは、AでもBでもなく、何も選ばなかったということも、結果としては”何も選ばない”ということを選択したという結果になる訳です。
「自分としては、人と同じように生きてきたつもりなのに、どうしてマイノリティ(少数派)の方向に進んでいるんだろう。。」
という方もいらっしゃると思いますが、それはやはり“何もしない”という消極的な選択をしてきたからでしょう。
例えば、「自分は歌手になりたい!」と決めたとします。
そうすると、その次の瞬間から“歌手”に関係したものがドンドン目に入ってくるはずです。
「あれっ、世の中ってこんなに音楽関係の記事って多かったんだ!」と思うほど。
もちろん、突然、世の中に音楽関係の記事が増えた訳ではありません。
単に意識していなかっただけ。
それと同じことが“出会い”でも起こっていると思います。
そこで“積極的な選択”をするのか、“消極的な選択”をするのか?
後悔の少ない人生を送るために、積極性な選択を多くしていけるといいですね!